20250401
掘削機械を前みごろに抱えた重機が 涎をたらしてやって来る
秩序みたいな箱(建物)をたたきつぶすような 純真がある
海辺で水着の男女がパラソルの下で飲むカクテルが 機械油
もう帰るホテルはないと海に身投げするも 砂漠の砂があるだけ 
うなずいて夏が閉じ秋のない冬が来て すべては凍りついた

20250321 猫する
猫する という動詞をかんがえて台にのせようとした瞬間 ほんとうに瞬間だった 犬が二本足で走ってきて ほんとうに素早い走りだった ぺしん!と台に犬のステッカーを貼って去っていった すごい目で睨みつけながら だから猫するでなく 猫しに変えてみた

20250317 勝算
この終わりのない寒気の中 「まだ間に合う」に間に合うために もう少しだけ説明が必要だ
広げた新章の冒頭から 行方しれずの「私」が 倒れているはずの路地裏へ たどり着ける勝算もない どんな電卓を操ってみても むなしい音がするだけ

20250316 骨
順序は変えてみたい 生まれて消えるまで 足跡のつま先とかかと 言葉を発して結ぶところ 
音のあとの響きの部分 波頭と凪 密度の消えるきわ 人から自分までの ああ、それね

20250228 事故
大通りの交差点で正面衝突した言葉と言葉が救急車で運ばれていく のを見た
傷ついてばらばらに散らばった言葉 真ん中で寄りそうように固まっている
了としてその場を去れば 大通りは巻かれ巻物に、街はパタンと閉じて書物にかえった

20250227 コインと賭け
このコインには裏がない 表もない 何でも消せる消しゴムで消したのだ 
コインはそこにあるが見えない どの面も消してしまったから 
そう うまくやったのだ コイン自体を消さないようにして
さあこれで賭けをしよう
高らかに投げ上げて いったい何が出るというのか 派手に賭けてみよう

20250226 泣く男
人間状のかたまりが、男になった 男になったとたんに、男をやめた 男だったものは上手に腐り、中から女が飛び出した 女は怒っている、なぜ男が先なのか 女は抜け殻を蹴り上げ、毒づいている 男だったものは、蹴散らされボロ切れのようになった 泣いているのに涙も声も出ない 男はただ消えたいとだけ思ったが、消えることは許されなかった

20250224 刃境
右と左のかたちを変えたい。これは「左右の」ではなく、正しく「右の」と「左の」であって、そう書かずして何のまことが表せるものかは、と思いいたった「右の」「左の」。左右対称の人間が異様に見える。左右対称を正確に見抜く左右対称であろうその目の力も異様に思える。非対称を讃えたい。讃えられた非対称すらも捨ててゆきたい。「右」は右へ、「左」は左へ思うまま進んでいくが良い。その刃境はざかいに鏡などいらない。

20250222 郵便
盗まれた手紙 誤配された手紙 書かれなかった手紙 すべてのガブリエル・クラメールに宛てた手紙に 嘘にさえならない直前の気配だけを空に書いて ポストに入れる振りをする なんてご丁寧なんだ ポストとの会話だけ持ち帰る にしても 未分類の私書箱にたまった手紙には さみしい顔が描かれている 窓口の人は昼に行ってしまった 郵便配達夫が怪しげな館の庭で 失踪する自由を奪ってはいけない

20250221 人生以前
おとうさんではなくお母さんになりたかった 宝石ではなく髭がにあう女がよかった 毛のかわりにカイワレが生える人生でよかった 泣いている子の小さな手 にさえ乗ることはできないで泣いている いつのまにか明日が今日になって 夕日は朝日になって 戸をしずかにたたく

20250220 椅子たち
静かにしてくれたまえ 家具とりわけ椅子の裸体性に関して 闘いつかれた論文は舌を出し逃走をはじめる 午後 おしまいの紅茶を飲むテラスに豪雨 突然 皮を剥がれた椅子たちの行進がはじまる ある後悔 船乗りのつくった詩 が悪筆で読めない パラソルの婦人が勢いよく蹴りあげたテーブル の背骨をひろって土に埋める椅子たち

20250219 傲慢婦人
答のない通路をとおって駆けあがってくるむせり に咳が止まらない 来よ!と叫ぶ向かい家の婦人の傲慢さ、なんという快感 項尻うなじりも蒼々と 尻馬に乗って言語を駆けぬけていく、颯爽さ すでに後れ毛すら見えない彼方で 雷鳴といななき 行かん!の声を投げても届かず それでも声を投げつづける

20250218 駱駝のダージュ
駱駝のダージュ 絨毯にくるまり スルタンのおうちへ 皮の鞭と尻 窃盗におしおき 椰子樹がゆれて実を落とす 砂が鳴った ダージュの足跡 てんてん スルタン酢漬けをもらったお礼に 歯並び競争をする 金銀銅の歯々がずらりと 衛兵の目を焼いた 残酷な道楽 スルタンのあくびに 皆吸いこまれて消えた

20250217 階段より
階段がある 私は階段に住んでいる 階段には階段の理由がある、それを裏返してみればわかる ヤギは出てこない 出てこなくてはならないが、段を踏むことはゆるされない 禁じているのは私だ 母だったかもしれない 階段は抽斗になっていて、乾物や電柱などがしまってある この物語もしまってある さあ、呼び鈴を鳴らせ!

20250213 ダイナモ
少年は散歩で家のそばを通ったとき、電線に脈動する電流が流れていることを発見した 家の中を覗くと男女が抱き合っていたが、頭と足の向きが逆だった 苦しんでいるように見えたので抱擁によるエネルギーを変換するため、少年は運動用具を発明した これは円筒に2つの突起を取り付けて、そこにバネのような金属板を押し付けたものである 彼は次の日同じ家へ行き、男と女の間にこの発明品を装着してやった

20250212 背筋
爪をまっすぐに立てて縦に線を引けば えんどう豆のように鮮やかに開く脊髄の、美 むおんとのけぞるおまえの白首が闇に光る 洗濯女にしては異様になま白い肌にぞっとする 背中から生まれた七つ玉は沼に沈められ 汚物を全身に吸い込んでたくましく、なおいっそう青白くやわらかな鎧をまとって立つ 女も私も滅びたあとの世に、無限の混沌と破壊をそそぐため  

20250207 展覧会で
展覧会へは行ったんです君を見に 受付で豚の屠殺をしていましたね優雅に お腹は空いていますか子供みたいに 人間がすべて裏側から見ているのです絵画なのに たった一枚のタブローを破って捨てますか? 夕刻 全員が自分の影を引きずって帰っていく そういう頭のなかの格闘技なのです ここは・ここには

20250130 過弁と沈黙
読んだっけ読んでないっけ 読みなよ読んでないんじゃん どんどん読んでないが増増殖殖・増殖殖 目を離せば増える増える、今 今今今も書いたよ読んでよと言いたいよ 言いたくたって黙っているよ 本意とか不本意とか、とにかく何かがすぎている ただの現象さなんて、格好付けて言わせておくれ 歯噛み歯噛み、切歯切歯

20250128 首級
午後、打ちだしの鐘のあと猫背の一群が落とした名前を探しながら行進していく。太鼓の乱打、さめざめと最後に一鈴。道の真ん中を風が通っていく街で、男たちが賽を振っている。眉間に走る苛立ちのサイン、終末の風。青天が割れて黒い稲妻、予期せぬ事態。逃げようにもどの家にもドアがない。やむなく穴を掘っては埋まっていく。 首だけでこわごわ空を見上げれば、世界卵の殻を破った子らが流れていく。

20250127 世界卵
秘密の交わりがあった。胎からは生まれず、世界卵から生まれ未知の場所から運ばれてきた片側人間。走ることはおろか歩けもしないのに何よりも速い。常に勝利する見えない星の軌道に乗って、万事が好事、特別に格別。異郷に出会い、同郷に染まらず。型破りだが用心深く、無愛想だが慈悲深い。無い方の片側にすべてはあるという不完全さの完全。何をするにも自由、盤石。片足で立ち、片方だけの口で笑った。

20250126 暴力考
見えざる暴力の行使によって凹まされた自己の凹みを埋める塊は、街なかにある廃線になった駅のホームから伸びてトンネルに消える錆びた鉄路を見るのと同じ重さがある。真の暴力は白く透明で衝撃も激痛も打撃音もなく、ただ発見された迷子のようにその迷走は過去のことでもう迷子ではなくなっている子供の影でしかない。このことはさまざまな歪みもしくは癖、あるいは多面体のように繰り返し示されるだろう、老人の曲がった背骨のように解のない知恵の輪のように。

20250125 オーダー
「ニンゲン 目玉胃袋抜きで」って頼めば、店員さんがニンゲン出すときに目玉と胃袋用意しなくて済むんだよね。使わなかった場合にそれらが無駄になることもない。「素体で」という注文だと、店によっては「お目玉と胃はおつけしますか」って確認するようにマニュアル化されてるから店員さんがめんどくさい。そこまで狂気が回るかどうか考えてるってことだよね。

20250124 まあね
しかしまあなんだ 茶をすする 縁側にすずめの来る 落ち葉がいちまい からだがゆるんでいる まああれだ 猫はいない 吹かれてやっと風をおもいだす いないはずの人に話しかける あれだよなあ すずめが飛んでいって 空が残る ゆびの先がすこしつめたい 手もみをすると背中がまるい 茶はとっくにさめている うすい茶だった 「あれ」は見えない粒になって風にさらわれた なんだか とあたらしい言葉をおいて立ち上がった

20250121 夜を走る
団欒のやわらかい橙色の部屋で、坊やが母の小言に耐えかねて醜い闇を召喚した。地獄計画。窓ガラスは激しく飛び散って厚い幸せにていねいに突き刺さる。髪振り乱した千年前の巨大蛾が鱗粉とともに部屋を激しく飛び回る。ミニチュアの餓鬼と悪魔がぐるぐると輪舞する熱狂のノイズ、規則正しい地団駄のリズム。母は無言で皿を洗っている。やがて話される言葉は宙に停止したまま崩壊を始める。だれもが目を閉じたまま、指差せば消える。家のかたちを残して夜が充満している時刻に、声を失った歯並びだけの笑いが笑っている。輪郭だけで猫を描いた黒いクレヨン。都市のあらゆる壁の中には、生臭い息を殺してひそむ獣たちがいる。ここはそのような点、ただ作用だけがある。