身体を装った言葉という飾りを毟り取って、ああ裸体
がすうすうと心細そうな気を吐く
露骨な視線が裸体の薄い膜ごしに透過してくる、暴力にさらされ
しらじらしい女の肌が最後の抵抗を叫んでいる
──偽りだなんてどうして分かるの?
諍うほど力は強く与えられ苦しくなっていくが
瞳の張りは青く透明なままそこにある
頬と尻だけが屈辱で赤く腫れ上がっている
のを心ではとっくにちぎって捨ててしまった
ひりつく荒縄の摩擦さえもぬるく湿っているだけ
そう、口が動かなくたって踝ひとつで笑える
──すべてひん剥いてしまえ!
あらゆる肉と骨を削がれた執行人は
脱力して放尿し顔の中央から陥没後に昏倒した
電線のなかを走っている
マグロが見えるかい
電柱の羅列の先に
乾いた小屋がある
高所恐怖を箱に押しこめて
安全装置をつくり
たまご型の有刺鉄線を
柵に巻いておいた
底の知れないティーポットで
茶を飲み続ければ
頭は上手な石になり
揺れて 落ちて 砕ける
床に1名 椅子に0名 あとは風
時計の音がゆっくり歩いて
窓から出かけてゆく
バスが地図の真ん中を割いてやってきた
車輪はもうもうと燃え上がり乗客は影だ
車掌が割れた窓から腕だけで名前を引きちぎる
自分の名前を乗せてバスは出発した
忘却曲線を強引に暴走して消える
あとは
名前をなくした自分とバス停
むなしい形骸、胃痙攣
無銭飲食しかし 胃は食堂に捨ておく
早逃げの足もないが呼ばれる名もない ただ
骨の可動域が人形のようにガクガクとして
わびしい
埋めこまれた悲しみは暴力で吐き出すしかない
全部が好きだったはずのきのうに戻れない
輪郭だけでは生きれないから
(上の詩を以下のように脱詩*した) *脱詩する(depoetise)=詩特有のリリシズム的な要素を排除する
な無名名者=己おつかつ停場場|棒、粛々ナン
不身体不形態そくて無生むたく
20250401
掘削機械を前みごろに抱えた重機が 涎をたらしてやって来る
秩序みたいな箱(建物)をたたきつぶすような 純真がある
海辺で水着の男女がパラソルの下で飲むカクテルが 機械油
もう帰るホテルはないと海に身投げするも 砂漠の砂があるだけ
うなずいて夏が閉じ秋のない冬が来て すべては凍りついた
20250321 猫する
猫する という動詞をかんがえて台にのせようとした瞬間 ほんとうに瞬間だった 犬が二本足で走ってきて ほんとうに素早い走りだった ぺしん!と台に犬のステッカーを貼って去っていった すごい目で睨みつけながら だから猫するでなく 猫しに変えてみた
20250317 勝算
この終わりのない寒気の中 「まだ間に合う」に間に合うために もう少しだけ説明が必要だ
広げた新章の冒頭から 行方しれずの「私」が 倒れているはずの路地裏へ たどり着ける勝算もない どんな電卓を操ってみても むなしい音がするだけ
順序は変えてみたい 生まれて消えるまで 足跡のつま先とかかと 言葉を発して結ぶところ
音のあとの響きの部分 波頭と凪 密度の消えるきわ 人から自分までの ああ、それね
大通りの交差点で正面衝突した言葉と言葉が救急車で運ばれていく のを見た
傷ついてばらばらに散らばった言葉 真ん中で寄りそうように固まっている
了としてその場を去れば 大通りは巻かれ巻物に、街はパタンと閉じて書物にかえった
20250227 コインと賭け
このコインには裏がない 表もない 何でも消せる消しゴムで消したのだ
コインはそこにあるが見えない どの面も消してしまったから
そう うまくやったのだ コイン自体を消さないようにして
さあこれで賭けをしよう
高らかに投げ上げて いったい何が出るというのか 派手に賭けてみよう
20250226 泣く男
人間状のかたまりが、男になった 男になったとたんに、男をやめた 男だったものは上手に腐り、中から女が飛び出した 女は怒っている、なぜ男が先なのか 女は抜け殻を蹴り上げ、毒づいている 男だったものは、蹴散らされボロ切れのようになった 泣いているのに涙も声も出ない 男はただ消えたいとだけ思ったが、消えることは許されなかった
20250224 刃境
右と左のかたちを変えたい。これは「左右の」ではなく、正しく「右の」と「左の」であって、そう書かずして何のまことが表せるものかは、と思いいたった「右の」「左の」。左右対称の人間が異様に見える。左右対称を正確に見抜く左右対称であろうその目の力も異様に思える。非対称を讃えたい。讃えられた非対称すらも捨ててゆきたい。「右」は右へ、「左」は左へ思うまま進んでいくが良い。その刃境に鏡などいらない。
20250222 郵便
盗まれた手紙 誤配された手紙 書かれなかった手紙 すべてのガブリエル・クラメールに宛てた手紙に 嘘にさえならない直前の気配だけを空に書いて ポストに入れる振りをする なんてご丁寧なんだ ポストとの会話だけ持ち帰る にしても 未分類の私書箱にたまった手紙には さみしい顔が描かれている 窓口の人は昼に行ってしまった 郵便配達夫が怪しげな館の庭で 失踪する自由を奪ってはいけない
20250221 人生以前
おとうさんではなくお母さんになりたかった 宝石ではなく髭がにあう女がよかった 毛のかわりにカイワレが生える人生でよかった 泣いている子の小さな手 にさえ乗ることはできないで泣いている いつのまにか明日が今日になって 夕日は朝日になって 戸をしずかにたたく
20250220 椅子たち
静かにしてくれたまえ 家具とりわけ椅子の裸体性に関して 闘いつかれた論文は舌を出し逃走をはじめる 午後 おしまいの紅茶を飲むテラスに豪雨 突然 皮を剥がれた椅子たちの行進がはじまる ある後悔 船乗りのつくった詩 が悪筆で読めない パラソルの婦人が勢いよく蹴りあげたテーブル の背骨をひろって土に埋める椅子たち
20250219 傲慢婦人
答のない通路をとおって駆けあがってくるむせり に咳が止まらない 来よ!と叫ぶ向かい家の婦人の傲慢さ、なんという快感 項尻も蒼々と 尻馬に乗って言語を駆けぬけていく、颯爽さ すでに後れ毛すら見えない彼方で 雷鳴といななき 行かん!の声を投げても届かず それでも声を投げつづける
20250218 駱駝のダージュ
駱駝のダージュ 絨毯にくるまり スルタンのおうちへ 皮の鞭と尻 窃盗におしおき 椰子樹がゆれて実を落とす 砂が鳴った ダージュの足跡 てんてん スルタン酢漬けをもらったお礼に 歯並び競争をする 金銀銅の歯々がずらりと 衛兵の目を焼いた 残酷な道楽 スルタンのあくびに 皆吸いこまれて消えた
20250217 階段より
階段がある 私は階段に住んでいる 階段には階段の理由がある、それを裏返してみればわかる ヤギは出てこない 出てこなくてはならないが、段を踏むことはゆるされない 禁じているのは私だ 母だったかもしれない 階段は抽斗になっていて、乾物や電柱などがしまってある この物語もしまってある さあ、呼び鈴を鳴らせ!
20250213 ダイナモ
少年は散歩で家のそばを通ったとき、電線に脈動する電流が流れていることを発見した 家の中を覗くと男女が抱き合っていたが、頭と足の向きが逆だった 苦しんでいるように見えたので抱擁によるエネルギーを変換するため、少年は運動用具を発明した これは円筒に2つの突起を取り付けて、そこにバネのような金属板を押し付けたものである 彼は次の日同じ家へ行き、男と女の間にこの発明品を装着してやった
20250212 背筋
爪をまっすぐに立てて縦に線を引けば えんどう豆のように鮮やかに開く脊髄の、美 むおんとのけぞるおまえの白首が闇に光る 洗濯女にしては異様になま白い肌にぞっとする 背中から生まれた七つ玉は沼に沈められ 汚物を全身に吸い込んでたくましく、なおいっそう青白くやわらかな鎧をまとって立つ 女も私も滅びたあとの世に、無限の混沌と破壊をそそぐため
20250207 展覧会で
展覧会へは行ったんです君を見に 受付で豚の屠殺をしていましたね優雅に お腹は空いていますか子供みたいに 人間がすべて裏側から見ているのです絵画なのに たった一枚のタブローを破って捨てますか? 夕刻 全員が自分の影を引きずって帰っていく そういう頭のなかの格闘技なのです ここは・ここには
20250130 過弁と沈黙
読んだっけ読んでないっけ 読みなよ読んでないんじゃん どんどん読んでないが増増殖殖・増殖殖 目を離せば増える増える、今 今今今も書いたよ読んでよと言いたいよ 言いたくたって黙っているよ 本意とか不本意とか、とにかく何かがすぎている ただの現象さなんて、格好付けて言わせておくれ 歯噛み歯噛み、切歯切歯
20250128 首級
午後、打ちだしの鐘のあと猫背の一群が落とした名前を探しながら行進していく。太鼓の乱打、さめざめと最後に一鈴。道の真ん中を風が通っていく街で、男たちが賽を振っている。眉間に走る苛立ちのサイン、終末の風。青天が割れて黒い稲妻、予期せぬ事態。逃げようにもどの家にもドアがない。やむなく穴を掘っては埋まっていく。 首だけでこわごわ空を見上げれば、世界卵の殻を破った子らが流れていく。
20250127 世界卵
秘密の交わりがあった。胎からは生まれず、世界卵から生まれ未知の場所から運ばれてきた片側人間。走ることはおろか歩けもしないのに何よりも速い。常に勝利する見えない星の軌道に乗って、万事が好事、特別に格別。異郷に出会い、同郷に染まらず。型破りだが用心深く、無愛想だが慈悲深い。無い方の片側にすべてはあるという不完全さの完全。何をするにも自由、盤石。片足で立ち、片方だけの口で笑った。
20250126 暴力考
見えざる暴力の行使によって凹まされた自己の凹みを埋める塊は、街なかにある廃線になった駅のホームから伸びてトンネルに消える錆びた鉄路を見るのと同じ重さがある。真の暴力は白く透明で衝撃も激痛も打撃音もなく、ただ発見された迷子のようにその迷走は過去のことでもう迷子ではなくなっている子供の影でしかない。このことはさまざまな歪みもしくは癖、あるいは多面体のように繰り返し示されるだろう、老人の曲がった背骨のように解のない知恵の輪のように。
20250125 オーダー
「ニンゲン 目玉胃袋抜きで」って頼めば、店員さんがニンゲン出すときに目玉と胃袋用意しなくて済むんだよね。使わなかった場合にそれらが無駄になることもない。「素体で」という注文だと、店によっては「お目玉と胃はおつけしますか」って確認するようにマニュアル化されてるから店員さんがめんどくさい。そこまで狂気が回るかどうか考えてるってことだよね。
20250124 まあね
しかしまあなんだ 茶をすする 縁側にすずめの来る 落ち葉がいちまい からだがゆるんでいる まああれだ 猫はいない 吹かれてやっと風をおもいだす いないはずの人に話しかける あれだよなあ すずめが飛んでいって 空が残る ゆびの先がすこしつめたい 手もみをすると背中がまるい 茶はとっくにさめている うすい茶だった 「あれ」は見えない粒になって風にさらわれた なんだか とあたらしい言葉をおいて立ち上がった
20250121 夜を走る
団欒のやわらかい橙色の部屋で、坊やが母の小言に耐えかねて醜い闇を召喚した。地獄計画。窓ガラスは激しく飛び散って厚い幸せにていねいに突き刺さる。髪振り乱した千年前の巨大蛾が鱗粉とともに部屋を激しく飛び回る。ミニチュアの餓鬼と悪魔がぐるぐると輪舞する熱狂のノイズ、規則正しい地団駄のリズム。母は無言で皿を洗っている。やがて話される言葉は宙に停止したまま崩壊を始める。だれもが目を閉じたまま、指差せば消える。家のかたちを残して夜が充満している時刻に、声を失った歯並びだけの笑いが笑っている。輪郭だけで猫を描いた黒いクレヨン。都市のあらゆる壁の中には、生臭い息を殺してひそむ獣たちがいる。ここはそのような点、ただ作用だけがある。
原人だ
肉肉肉 とだれでも思うのだ
狩人の目つき手つきで猫背になって 吹雪の闇へ
怖気はとうに捨ててきた
月に浸された女の稜線を 石器かざして突き進んでいけ
放浪・邂逅・咆哮一発
ぬすんと倒れる黒影に かけ寄り骸を返せば己の貌
おお!と抱える頭もない腕もない
むさぼる自分すら溶けゆく雪の降る 白白白!
洞窟に引きこもって百と十日
三度マンモスが通り過ぎた
腹を決めすべての毛を剃ってみれば予断なく、寒い
おかしくておかしくて、笑った マンモスのやろう
今度来たらぶっ倒す 穂先をキンキンに研いやるのだ
風がびょうびょううるせえな どれだけ降るんだビュルムの冷気よ
火はつきた 腹はすいて目がかすむ
知ってる、明日にはオオカミの餌だろうよ
マンモスをぶっ倒せ! 槍がおれの手のなかで
ふるえた
ベッドという地面に投げ出されて根も葉も生えず、不要不急な人体としての無意味なサイズ感に心を占められそのままでいた。視線の先には天井の模様が土着のダンス。黒人は赤人と、黄人は緑人と、つないだ手をアーチ型にかかげればそのなかに碧の海峡が見える。葦舟にぐったりと小首を傾げた人々が逆さ向きにつながれているのは、アスマット族のビス柱か。漕ぎ手の丸太のような二の腕に白く刻まれた刺青の歯並びがいやらしい。ザトウの群れが白波に浮き沈みし、こげよ、こげよ、と船頭歌をうたう。周りを囲むヤシの木の虚飾さに、とろぴかるというひらがなを当てて苦笑した。指先がかすかにカサついているのを親指でなぞり、口を結んで同じ感覚を唇に感じる。
こんびにという文字がネオン広告のように意識を横切っていく。飢餓感が右下腹からやってきて頭の周りを一周するあいまに、手元の電話が聞いたこともないような音を響かせるので、仕方なく腕の筋肉を使って顔まで持ってくる。画面を押すのにも指が太古の遺跡であるかのような錯覚におちいって、そのまま「あ…」と喉が他人の声を再生した。母親らしい声がしてきたので、朝ですかと聞くと何言ってるの夜中の12時よという文字列を吐かれる。デジタルなんだ知覚は、大脳が勝手に紡いでアナログにしてるんだ、「寝ぼけてるの?」無価値な音の明滅。あなたと談笑するのは嫌いではないけれど今はその時間ではないと思って/言って切電。終話の無音に放り出された自分が見える。
心臓の毛もすべて抜かれてしまったあとで、おれはわたしはぼくはこんびにに行けるのかいけないのかと半日考えていていまだに空腹(くうばら)。咽頭は重く、耳は居場所を探している。ああそうかと耳から立ち上がり、耳から服らしきものをまとう。生活は仕草なのだ。他人の思考を排除して残るのは自分。筋肉の働きに他人の思考は作用しないと信じることで玄関にたどりつき、サンダルを経由して外に出、コンクリートとかアスファルトとかの上を滑って行った。こんびにまで10メートル。実際は150メートルなのだとしても。寒いのか暑いのか、皮膚は何も感じないつもりで無理に沈黙しているが布団の殻から抜け出た今、世界は氷河期で体の芯は頼りなく冷たい。
エイリアンの母船内部のような田舎の表通りに、こんびにが強烈な光の塊を闇夜にむかって嘔吐している。この涅槃は24時間営業だ。天界の門は自動で開き、妙(たえ)なるしらべが天上から鳴り降りてくる。光で白化した内部へと侵入、目はくらみ足元をふらつかせながら一切れのパンと一口のワインをさがす。真っ白な視野の彼方に、特価のライスボールが浮かび上がるので必死に手を伸ばしていく。天よ、とふるえる唇が動くものの吐気だけがすり抜けていく。指腹をとおして響いてくる包装のいかにも人工物らしさに安堵、目も慣れて、ここは下界のこんびにであった。
箱場ではコンビニエンスな顔をした人型がじっと立っている。その全身の筋肉や五感の機能のすべてを裏切ってあえて不動でいることの不気味さを全力で擁していた。これからあの無感無情の像にまみえる儀式を思うとかれはかのじょはこどもはろうじんは意志が後退しそうになる。お守りを、お札を…と探すまでもなく握りしめていたことに気がついたものの、手汗で原型をとどめない鮮やかさ。知ってる、瞳のない半眼から放射されている見えないビーム。架空の視線に、膝も腰も抜かれそうになりながら全身でお札を差しだす仕草がもの悲しい。
するりと引き抜かれたような感覚とともに、手から他質の存在が去っていったのがわかる。ぶら下げられたままの異形の沈黙に耐えきれず、顔面の下から上へ裂けめが生じ不器用な自分の表情が左右に割れる。まるで忘れられた記憶に触れるようなそれだけは滑らかさ。ギザギザに歪んだ声が脳をまっすぐ突き刺すので吐くように応えるかすれ声。声は台のうえにぽとりと落ちた。しかしどうにか新たな一物を手におさめ自動的にきびすを直角方向へかえした。古い油が背筋を流れていく。ある確かさを噛みしめられるのは、成果が袋の底で小さく呼吸をしているからだ。涅槃の自動ドアの向こう、立像が半眼のままこちらにビームを放射している気がやまず、背中が熱い。いいんだもう無関係なんだという呪詛を口のなかでもみしだく。
路上の闇の塊へと体をめりこますと、足指と足指のわずかなすきまにさえ染み入るほどの濃密さ。可愛げもなくただ単に無垢ですという体でさらされている素足がおびえている。白いアスファルトも可能な限りのいやらしさで足を飲みこもうとする。弱々しい足あとが波紋のように広がり、この古びた街のすべてを揺らす。天界の残照が補色となって視界をながれて遠のいていく。体はだんだん希薄になり、どこか違う場所に置き去りにされる。ただ袋の中身だけが魂の塊みたいに存在をゆらしていた。リズムは死者の呼吸よりも浅く、遅い。袋をぶら下げながら、袋に包まれている自分がいた。その重さに支配されるように歩き続けると、立ち並ぶ街灯が作る自分の影がぱらぱらと順に動いていった。足元の影は思いもよらない方向へと伸び、街自身の影とあやしく交わってもっと黒くなる。
なお街は静かに興奮し、膨張し、ねじれているようだった。右へ曲がる角は左へ曲がる角と交わり、建物は建物を飲みこみ、何層にも重なりながら激しくずれ、あえぎあえぎしている。塀の向こう側では木々が息を潜めている。空腹が胃のなかで跳ね上がり、喉元まで達するが飲みこむべきものもなく行き場をなくして頭蓋で破裂し、耳鳴りとなって夜空に溶けていった。
そこは自分の住処なのか、しかしそれもどうでも良くなり兎に角たどり着いたのだと思うことにする。ドアの鍵はない。鍵は自分のなかにあって自分に差しこんで回す。雑な仕様、雑な仕草。中に入れば外ではりついた不快な膜が乾いていっせいにはがれ落ちていく、剥片。同時に、内側からふくらむ新しい温度がある。振りまわされた意識が身体に返ってくるとともに自覚する、すべてを溶かしたいという欲求を失った胃が底でゆれている気配。しかしそれもまたゆっくりと消えてしまった。
袋のなかでは石が身を固くしている。窓の外で街が鳴った。
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