ベッドという地面に投げ出されて根も葉も生えず、不要不急な人体としての無意味なサイズ感に心を占められそのままでいた。視線の先には天井の模様が土着のダンス。黒人は赤人と、黄人は緑人と、つないだ手をアーチ型にかかげればそのなかに碧の海峡が見える。葦舟にぐったりと小首を傾げた人々が逆さ向きにつながれているのは、アスマット族のビス柱か。漕ぎ手の丸太のような二の腕に白く刻まれた刺青の歯並びがいやらしい。ザトウの群れが白波に浮き沈みし、こげよ、こげよ、と船頭歌をうたう。周りを囲むヤシの木の虚飾さに、とろぴかるというひらがなを当てて苦笑した。指先がかすかにカサついているのを親指でなぞり、口を結んで同じ感覚を唇に感じる。

こんびにという文字がネオン広告のように意識を横切っていく。飢餓感が右下腹からやってきて頭の周りを一周するあいまに、手元の電話が聞いたこともないような音を響かせるので、仕方なく腕の筋肉を使って顔まで持ってくる。画面を押すのにも指が太古の遺跡であるかのような錯覚におちいって、そのまま「あ…」と喉が他人の声を再生した。母親らしい声がしてきたので、朝ですかと聞くと何言ってるの夜中の12時よという文字列を吐かれる。デジタルなんだ知覚は、大脳が勝手に紡いでアナログにしてるんだ、「寝ぼけてるの?」無価値な音の明滅。あなたと談笑するのは嫌いではないけれど今はその時間ではないと思って/言って切電。終話の無音に放り出された自分が見える。

心臓の毛もすべて抜かれてしまったあとで、おれはわたしはぼくはこんびにに行けるのかいけないのかと半日考えていていまだに空腹(くうばら)。咽頭は重く、耳は居場所を探している。ああそうかと耳から立ち上がり、耳から服らしきものをまとう。生活は仕草なのだ。他人の思考を排除して残るのは自分。筋肉の働きに他人の思考は作用しないと信じることで玄関にたどりつき、サンダルを経由して外に出、コンクリートとかアスファルトとかの上を滑って行った。こんびにまで10メートル。実際は150メートルなのだとしても。寒いのか暑いのか、皮膚は何も感じないつもりで無理に沈黙しているが布団の殻から抜け出た今、世界は氷河期で体の芯は頼りなく冷たい。

エイリアンの母船内部のような田舎の表通りに、こんびにが強烈な光の塊を闇夜にむかって嘔吐している。この涅槃は24時間営業だ。天界の門は自動で開き、妙(たえ)なるしらべが天上から鳴り降りてくる。光で白化した内部へと侵入、目はくらみ足元をふらつかせながら一切れのパンと一口のワインをさがす。真っ白な視野の彼方に、特価のライスボールが浮かび上がるので必死に手を伸ばしていく。天よ、とふるえる唇が動くものの吐気だけがすり抜けていく。指腹をとおして響いてくる包装のいかにも人工物らしさに安堵、目も慣れて、ここは下界のこんびにであった。

箱場ではコンビニエンスな顔をした人型がじっと立っている。その全身の筋肉や五感の機能のすべてを裏切ってあえて不動でいることの不気味さを全力で擁していた。これからあの無感無情の像にまみえる儀式を思うとかれはかのじょはこどもはろうじんは意志が後退しそうになる。お守りを、お札を…と探すまでもなく握りしめていたことに気がついたものの、手汗で原型をとどめない鮮やかさ。知ってる、瞳のない半眼から放射されている見えないビーム。架空の視線に、膝も腰も抜かれそうになりながら全身でお札を差しだす仕草がもの悲しい。

するりと引き抜かれたような感覚とともに、手から他質の存在が去っていったのがわかる。ぶら下げられたままの異形の沈黙に耐えきれず、顔面の下から上へ裂けめが生じ不器用な自分の表情が左右に割れる。まるで忘れられた記憶に触れるようなそれだけは滑らかさ。ギザギザに歪んだ声が脳をまっすぐ突き刺すので吐くように応えるかすれ声。声は台のうえにぽとりと落ちた。しかしどうにか新たな一物を手におさめ自動的にきびすを直角方向へかえした。古い油が背筋を流れていく。ある確かさを噛みしめられるのは、成果が袋の底で小さく呼吸をしているからだ。涅槃の自動ドアの向こう、立像が半眼のままこちらにビームを放射している気がやまず、背中が熱い。いいんだもう無関係なんだという呪詛を口のなかでもみしだく。

路上の闇の塊へと体をめりこますと、足指と足指のわずかなすきまにさえ染み入るほどの濃密さ。可愛げもなくただ単に無垢ですという体でさらされている素足がおびえている。白いアスファルトも可能な限りのいやらしさで足を飲みこもうとする。弱々しい足あとが波紋のように広がり、この古びた街のすべてを揺らす。天界の残照が補色となって視界をながれて遠のいていく。体はだんだん希薄になり、どこか違う場所に置き去りにされる。ただ袋の中身だけが魂の塊みたいに存在をゆらしていた。リズムは死者の呼吸よりも浅く、遅い。袋をぶら下げながら、袋に包まれている自分がいた。その重さに支配されるように歩き続けると、立ち並ぶ街灯が作る自分の影がぱらぱらと順に動いていった。足元の影は思いもよらない方向へと伸び、街自身の影とあやしく交わってもっと黒くなる。

なお街は静かに興奮し、膨張し、ねじれているようだった。右へ曲がる角は左へ曲がる角と交わり、建物は建物を飲みこみ、何層にも重なりながら激しくずれ、あえぎあえぎしている。塀の向こう側では木々が息を潜めている。空腹が胃のなかで跳ね上がり、喉元まで達するが飲みこむべきものもなく行き場をなくして頭蓋で破裂し、耳鳴りとなって夜空に溶けていった。

そこは自分の住処なのか、しかしそれもどうでも良くなり兎に角たどり着いたのだと思うことにする。ドアの鍵はない。鍵は自分のなかにあって自分に差しこんで回す。雑な仕様、雑な仕草。中に入れば外ではりついた不快な膜が乾いていっせいにはがれ落ちていく、剥片。同時に、内側からふくらむ新しい温度がある。振りまわされた意識が身体に返ってくるとともに自覚する、すべてを溶かしたいという欲求を失った胃が底でゆれている気配。しかしそれもまたゆっくりと消えてしまった。

袋のなかでは石が身を固くしている。窓の外で街が鳴った。

ーーーーーーーーーーーーー

以下のフォームからあなたの感想をお聞かせください。よろしくお願いいたします。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfISiKy5Rc-73GHrBE1nyttSU7CGhN4DyclRedytm9Iz3pvOA/viewform

Read More ...